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「コシャリは混ぜるという意味」の根拠が見つからない

更新日:2023年2月9日


私は普段アラブ料理に関することはアラビア語で調べているので、日本語を参照することはほぼないのですが、それでも時々日本語でアラブ料理に関する話題を目にします。その中で、最近非常に驚いたのが「コシャリは混ぜるという意味」という説明です。

ちょっとこれは初耳です。

おそらく最初に目にしたのはこちらのサイト。

NIPPNおいしいレシピでコシャリのレシピが紹介されているのですが、最後のワンポイントレッスンで「コシャリとは、”混ぜる”という意味。」と紹介されています。

さらに調べると

ツイッターでは、東京メトロが、「コシャリとは、アラビア語で混ぜ合わせるという意味のエジプトのソウルフード」とつぶやいています。

これら以外にも、ザクザクと該当する記事がネット上で見つかります。


私はカイロ長いとは決して言えない期間ですが暮らしていましたし、アラビア語もまだまだなレベルとは言え、それなりにわかるつもりでいます。何より昨年夏にはシリア料理やエジプト料理を中心としたアラブ料理のレシピ本も出版させていただいたわけで、そのような中で、「コシャリは混ぜるという意味」であることを知らないとは、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないですか。

ということで、調べてみました。

まずは、コシャリについてですが、詳しくは以前書いたこちらの記事を読んでいただくとして。その起源ははっきりとはわかりませんが、米とレンズ豆のインド料理「キチュリ」であるという説が有力と思われます。むむ、ということは「コシャリ」という言葉の起源もアラビア語ではない、ということなのでしょうか。それとも、エジプトにキチュリ=コシャリという言葉と料理が根付く過程で、コシャリという言葉が混ぜるという意味で使われるようになったということでしょうか。


言葉の意味を調べるには、やはり辞書です。

数タイプの辞書を当ってみました。尚、アラビア語のしくみなどは、他のサイトなどを参照してください。

1冊目は、アラビア語学習者にはおなじみ、ハンスウェア。

アラビア語の基本、語根順に並んでいる辞書です。

「コシャリ」の語根は、「K・SH・R」かな、と該当のページをめくると…(この時点でアラビア語ができる方は??となると思います)。

「歯をむく」「歯を見せて笑う」「顔をしかめる」などが出てきました。

「混ぜる」という意味はないようです。

食べ物の「コシャリ」に関しての言及は見当たりません。



2冊目は、語根順ではなくアルファベット順に並んでいるタイプの辞書です。

この辞書には「コシャリ」は見当たりませんでした。


アラビア語の大きな特徴として、正則アラビア語(フスハー)と方言(アンミーヤ)があり、方言は国や地域で異なります。アラビア語ネイティブ同士でも出身地が異なると話が通じない、という現象も起こります。

上記2冊は正則アラビア語の辞書なので、エジプト独自の料理「コシャリ」が掲載されていない、ということなのかもしれません。食べ物のコシャリは元々はアラビア語ではない、ということも言えるのでしょうか。


となれば、エジプト方言の辞書で探してみましょう。

えーっと、コシャリ、と。ありました!

「<ヒンディ khichri>米、レンズ豆、マカロニにフライドオニオンとホットソースをかけた料理」とあります。例文として「シャーイ・コシャリ」、「ハシーシ・コシャリ」の説明もありますが、やはり「コシャリ」そのものの意味が「混ぜる」という説明は見当たりません。

※シャーイ・コシャリは、お茶の葉(粉のタイプ)、砂糖をカップに入れ、お湯を注いだものです。要は煮出さずに作るお茶のことです。コシャリのように順番に材料を器に入れる動作からその名前がついたとか。エジプトのお茶の種類については上記リンクをご覧ください。

※ハシーシ・コシャリは、この辞書によると、たばこと粉状のハシシを混ぜたもの、とあります。



上記の3冊はアラビア語ー英語ですが、アラビア語ーアラビア語の辞書だとどうでしょう。

マアーニーという、ネット上の辞書ですが、こちらもアラビア語学習者だと比較的よく目にするのではないでしょうか。

こちらで「コシャリ」と入力すると、おお、最初に食べ物の「コシャリ」の説明があります。「米とレンズ豆からできた料理」とありました。以下は「歯をむく」関係の説明で、「混ぜる」という言葉は見当たりません。


辞書以外にも、アラビア語で「コシャリは混ぜるという意味」について調べましたが、見つかりませんでした。

こうなったら、エジプト人に聞いてみるしかありません。

尋ねたのは日本語の通訳や翻訳経験のあるエジプト人の友人達です。日本語をかなり高いレベルまで習得しており、言語に関して普通の人より敏感であると言えるかもしれません。なにより、長い付き合いで私のやっていることを理解してくれているという点で、信頼できるのではないかと思います。

これは、エジプトで何かを調査したりするのに非常に重要なポイントだと個人的に思っています。


エジプトに限ったことではないのかもしれませんが、知らない人同士の、通りすがりの軽いおしゃべりというものは、正確な情報よりも、その場の雰囲気が重視されることが往々にしてあるように思います。それに加え、エジプト人は、たとえ知らない事でも、なんとなく回答してしまう、という現象があるように思います。

もちろん人によるし、エジプト人は、と、一括りにしてしまうのも不本意ではありますが。

アラビア語が分からない旅行者が、その辺の人に「コシャリって混ぜるという意味?」と聞いた場合、「そうだ、コシャリはエジプトの食べ物だ」というような返事が返ってくることも容易に想像できます(このような返事の仕方は、エジプトに関わりのある方なら、あるある!と思っていただけるのではないでしょうか)。もちろん、それが必ずしも正しくない、とも言いきれないのですが…。

そのような経験から、私は現地の人に聞き取り調査をする場合は、いつ、どこで、だれに、どのような状況で、どのように聞いて、というプロセスを重要視しています。

現地の人から聞いたり教わったりすることは、何事にも代えがたい貴重な調査方法ですが、「現地の人が言ったから!病」には陥らないようにしています。


私「ちょっと質問なんだけど、コシャリという言葉に混ぜるという意味はある?」

友達A「え!?いや、ないね。(即答)」

私「そうかぁ。じゃあ、何かを混ぜたりするときに、コシャリみたいに、みたいな使い方とか表現とかある?」

友達A「少なくとも私はそのような言い方をしたことがないし、聞いたこともない。」

(念のため言っておきますが、コシャリみたいに、という使い方をしたとしても、コシャリの意味が「混ぜる」ということにはならず、コシャリはコシャリの意味でしかないのですが…)


私「コシャリに混ぜるという意味ってアラビア語である?」

友達B「いや、初めて聞いた。私の知っている限りではコシャリはアラビア語ではないと思っていて。」

私「歯をむく、の言葉とは関係ない、よね。」

友達B「あはは、関係ないと思う。あ、でも、ごちゃまぜの状態にあるものをコシャリに例えることはあるのかも。」

私「おお!それは結構ある?」

友達B「あ、いや、あんまりない(汗)。」


私「アラビア語でコシャリに混ぜるって意味ある?」

友達C「ないと思う。」

………

今回私が尋ねたエジプト人からは、コシャリという言葉に混ぜるという意味はない、とかなりはっきりとした回答を得ました。加えて、「コシャリは混ぜるという意味」と言っている人が日本にいる、という、この質問をするに至った経緯を説明すると、一様に驚いていました。

うーん。

これはどうしたものでしょう。

実は今回調べる中で、コシャリの起源だと思われるインドの料理「キチュリ」はヒンディ語で「混ぜる」という意味、という文言を見かけました(英語)。しかしながら、それについて詳しく言及しているものを見つけることができず、私がヒンディー語が全く分からないため自分で調べることができません。


加えて、日本語のサイトで見かけた表現はいくつか種類がありました。

「コシャリはアラビア語で~」

「コシャリは現地の言葉で~」

「コシャリは~」

大きく分けると3種類です。

「アラビア語で~」は明確に言語を指定しており、「現地の言葉」というのもまぁ、アラビア語のことでしょう。

最後の、言語を指定していなく単に「コシャリは混ぜるという意味」という場合、必ずしもアラビア語のことを言っていない、ということもあるのでしょうか。

ひょっとすると「コシャリは混ぜるという意味です」というのはヒンディー語の「キチュリ」ことを言っている、という可能性も無きにしも非ず。もしくは、ヒンディ語もアラビア語もごっちゃになっているとか(ヒンディー語でキチュリは混ぜるという意味かどうかは私にはわかりませんが)。

しかし、「コシャリは混ぜるという意味です」と主張しているどのサイトも、話題はエジプト料理としてのコシャリで、インド料理のキチュリには触れられていません。それなのに意味はヒンディ語の方です、というのはさすがに無理があると思います。

「コシャリはアラビア語で混ぜるという意味」の根拠にたどり着けません。

それとも、私が何か見落としているのでしょうか。

正直なところ、既に私の興味は、「コシャリはアラビア語で混ぜるという意味」と主張する人の起源に移っています。

でも、ひょっとしたらアラビア語でコシャリは混ぜるという意味の可能性もあるのかな。今後も追っていきます。













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