2022年6月にイカロス出版から発売になった『はじめてのアラブごはん 手軽に作れるエキゾチックレシピ62 』。私の初めての著書です。
多くの方に楽しんでいただいているようで、なんとも嬉しい限り。
私の耳に届くのは、アラブ地域に滞在したことある方からの声が多く、現地の懐かしい味が再現できた、とか、アラブ地域出身の旦那様に作って喜ばれた、というようなご感想もいただきました(私の周りにアラブ関係者が多いということもありますが…)。
また、日本に住むアラブ地域出身の方々からは、レシピの分量がちょうどよく、すごく便利だ、という声もいただきました。
そして、なんと!発売1年を待たずして重版が決まり、先日第2版が私の手元にも届きました。
正直なところ、こんなに早く重版が決定になるとは思ってもいなく(もっと言えば重版になるとは思っていませんでした)、ひとえに購入いただいた皆様、そして、素晴らしい本を作っていただいた編集者さんやデザイナーさんなど、出版社の方々のおかげです。感謝いたします。
さて、この重版を記念して、というわけでもないですが、発売1年を迎えようとすることもあり、この本の作成に至った経緯、作成中の裏話、お寄せいただいたご質問などをつらつらと書いてみようと思います。
出版の経緯
出版社の方からご連頂いたのが2021年の11月ごろ。既にスリランカ料理、ギリシャ料理、プロバンス料理、シチリア料理の本が出版されており、そのシリーズの一環として、また、コロナ禍という時期もあり、家で楽しめるアラブ料理の本を出してみませんか?というご連絡でした。
編集者さんからの要望は、「とにかく実際に作れる」こと。これにはいろいろな意味が含まれていて、作ってみたい、作れそうと思わせる料理とレシピであること。
そして、あまりにも手に入らない材料や道具のオンパレードだと、そもそも作れないので、そういったものは極力省いてほしい、ということ。
また、この本のタイトルにもあるように、アラブ料理に初めて触れる方に特に読んでいただきたいということ。
幸い、と言うか、意外かもしれませんが、アラブ料理は変わった食材などはそれほど多くありません。私自身、日本に帰国してから大きな不便を感じることなくアラブ料理を作っていたこともあり、アラブ料理って日本で作れるの?と思っている方々に、その魅力をお届けできるチャンスかな思いました。
私からの要望は、紹介する料理やレシピを日本人向けにアレンジしないこと。
これに関しては、アレンジ料理が悪いわけでは決してなく、むしろ、世界各国の料理のアイデアを柔軟に取り入れて、素敵な料理を考案する料理家さんなど非常に尊敬しています。が、今のところの私の興味・関心は、現地の料理と食文化そのもの。日本人が気に入るかどうかとかは関係なく、どのような食文化があるのかということを知り、ありのままの現地の食文化を紹介したい。そのため、できるだけ現地の料理、調理方法をそのままお伝えしたいと考えていました。
次に、「アラブ料理」と言ってもその地域は広大です。私ができるのはエジプト、シリア、レバノン辺りの料理で、日本でも既に知名度があるクスクスやタジンなどは紹介できなということ。これらの料理が盛んなモロッコやチュニジアには旅行で訪れたことがあるのみで、表面的な部分にしか触れることができていないからです。
また、アラブ料理=スパイス、と期待されているのであれば、それも難しいということ。アラブ料理にスパイスはもちろん使いますが、例えばインド料理のような目眩くスパイスの世界ではありません。
実際私の友人知人のエジプト人やシリア人などからは、スパイスはそんなに使わないよ、スパイスの料理はインド料理じゃない?という声も聞こえてきます。
最近は日本でもスパイスの料理が流行っていて、スパイスを日常の食事に取り入れる人も増えているようですが、一般的には馴染みのない方が多いでしょう。流行に合わせてスパイスを強調したり、逆に馴染みのない方向けに詳しくスパイスを説明することは、もしかしたら“今求められている本”を作るためにはよいことなのかもしれません。しかし、現地の料理をそのまま伝える、ということと重複しますが、スパイスを過大にアピールすることは避けたいなと言う気持ちがありました。
そんなこんなで、この本作りがスタートしました。
提案した料理は100
本に収めるレシピは60程度ということで、最初に提案した料理は100ぐらいだったと記憶しています。
その中から「実際に作れる」という部分を重視しつつ、他の料理との兼ね合いなども考慮して勝ち残った?のが本に掲載している62のレシピです。
その中から残念ながら掲載に至らなかった料理をいくつかご紹介します。
マハシーとは、詰め物の料理です。特にナスやズッキーニをくり抜いて米などを詰めた料理は家庭料理の定番中の定番なのですが…。あのくり抜く道具、アラビア語でミクワールと言いますが、この道具が手に入らないということで、あえなくボツに。
これもダマスカスの家庭料理として定番なのですが、味が玄人好みかなと思い今回は見送りに(でもおいしいですよー!)。
・ウージー
作るのがちょっと面倒に感じるかもしれない、とうことに加え、フィロペストリーの入手も簡単ではないのでは、と言うことで落選(と言いつつ、バクラワは掲載していますが…)。
クナーファ生地が手に入りにくいのでボツに。
基本のアラブ料理とは?
当然ですが、どの料理にも地域や家庭、お店によっていろいろなバリエーションがあります。
アラブの家庭料理の基本を伝える!と言ってはみるものの、どれが基本なのか、その正解はないに等しいものです。加えて最終的に「私」が作っているので、私の好みなどが反映されたレシピになることは否めません。それが料理の面白さのひとつなのですが。
今回のレシピは「この材料がなければこの料理はできない」というシンプルなものを心がけました。現地で直接教わったレシピはもちろん、ネットや本などできるだけ多くのレシピを確認したのは言うまでもありません。また、この本の執筆だけに限ったことではないですが、基本的にはアラビア語で調べています。現地の人が自分たち向けに書いた、つまり外国人向けに書いたものではないレシピに触れるようににしています。
料理の作成と撮影
出版は初めてなので、一般的な料理本作成の過程において、普通はどのように調理や撮影が行われるかは分からないのですが、今回は調理から撮影まで、私一人で行いました。撮影場所は自宅で、食器類も全て自前の物です。
自宅にあるのは、いわゆる普通の台所。特別広いとか、ハイスペックな調理器具があるとかでは全然ありません。加えて、撮影の機材もないので、全て自然光で撮影しました。
実は私は、写真撮影に仕事として携わった経験もあるのですが、遠い昔のこと。現在は、まあ、素人です。そのような素人が撮った写真が1冊の本としてまとまった形になったのは、素敵にデザイン・レイアウトしてくださったデザイナーさんの手腕としか言いようがありません。
食器類に関して。アラブ独特の食器ってあまりないように思います。現地の家庭でもお店でも普通の洋食器を使っていることが殆どです(それでもアラブ独特の雰囲気ってあるのですが…)。
あまりに“アラブ”を意識しすぎて、不自然なアラブ感が出るのは絶対に避けたいところ。外国にある不自然な日本感満載のレストランみたいになるのは、ちょっと…。お客さんが求めているのならそれもアリとは思いますが。
というわけで、今回の撮影用に買い足したものも、ないわけではないのですが、食器や小道具はうちにある、いつも使っているものを使いました。あの本にあるのは、完全に我が家の食卓です。
カイロ時代、よくうちでの飲み会に来てくれていた友人は、本を開くなり「なんか懐かしい…。」と言っていました。
とはいえ、盛り付けは普段より丁寧にしていますけどね。
料理を作って撮影した後は、もちろん食べています。しかし、我が家は夫との2人暮らしなので、食べられる量にも限りがあります。そのため、料理にもよりますが1日に1~3品程度の料理の撮影をこなしていました。
おそらく通常のレシピ本の作成では、スタッフさんも何名かいらっしゃるし、このペースで撮影していたのでは時間がかかりすぎるので、もっとまとめて撮影するのでしょう。
私はどちらかと言えば、みんなで協力して作業するよりも、一人で黙々と作業する方が好きなのです。が、この一人での撮影、特に最後の方は結構つらかったです。何と言うか、正解がわからない、この写真でいいのか悪いのかわからない。他の料理本の写真などを参考にしたりもするのですが、当たり前ですがプロの技術とセンスには到底追い付けません。
表紙だけは編集者さんとデザイナーさんにご足労いただいて、お二人立会での撮影でした。これが、めちゃくちゃ楽しかった!
ご質問をいただいた食材について
・オールスパイスについて
この本で紹介しているシリア、レバノン、エジプトでは、そんなに多くのスパイスを使いません。全く使わないというわけではないし、料理にもよるのですが。
もちろん家庭には一通りのスパイスがそろっているし、どんなに小さな食料品店でも基本的なスパイスは置いてあるものです。
その中でもよく使うのが、クミンとコリアンダーシード、そしてミックススパイス。
現地では、ゴリゴリ各家庭で秘伝のミックススパイスを調合している、というよりは、市販のミックススパイスを使うことが多いよう。これはメーカーによって配合は様々なので、これが現地のミックススパイスの味、というのはなかなか難しい。さらに、この本で数種類のスパイスを用意してブレンドしましょう、と紹介するのも手間がかかるという点で本意ではない。ということで、今回は、ミックススパイスの代用としてオールスパイスを紹介しています。
オールスパイスは、その名前から複数の種類のスパイスが混ぜ合わさったもの思われることも多いようですが、れっきとした単体のスパイスです。これが、私がエジプトで愛用していたとあるメーカーのミックススパイスと似ていたり、日本に住むアラブ地域出身者もミックススパイスの代用としてオールスパイスを使っていたり、と、もうこれでいいじゃん、ということで。
ちなみに、私の暮らしたエジプトでは、オールスパイスそのものはなぜかメジャーではなかったのです。まったく存在しないわけではなく、売っているところには売っているのですが、現地の方のお家で使っているところは記憶にないです。ミックススパイスの原材料を見ると入っていることもありましたが。
余談ですが、オールスパイスと非常によく似たスパイスに「クベイバ・スィーニー」というスパイスがあります。オールスパイスに少しピリッとした風味が加わった味わいです。植物としての種目は全く別のようで、見た目や味が似ているものの、完全に別のスパイスです。が、どういうわけか、アラビア語で調べても、この二つのスパイスはかなり混同されているようです。この話はまたいつか。
・生のトマトORトマト缶
アラブ料理ではトマトを非常によく使います。
煮込み料理などには生のトマトを刻んだり、ミキサーでジュースにするなどして使用します。
トマト缶も売ってはいるのですが、現地の方がトマト缶を使用するのは一般的ではないように思います。トマト缶は生のトマトに比べて非常に割高であり、あえてトマト缶を使う必要がないためでしょうか。
一方、この本で加熱用に使用するトマトは一部を除きトマト缶を使用しています。
理由は、時期によってはトマト缶の方が経済的であること。そしてトマト缶の方が味が濃いことがあります。
トマトだけではありませんが、日本の野菜はエジプトやシリアなどの野菜と比べ、味が優しいと感じます。もっと言えば、アクや苦み、酸味などが殆どありません。日本で手に入らないアラブの食材は、なんちゃらスパイスでも、なんちゃらハーブでもなく、力強い味わいの野菜や果物だと思います。
そのため、煮込み料理などには、日本の生のトマトを使うよりも、トマト缶を使う方がぐっと味が深まりおいしくできるように感じます。手軽さ、経済的な面からも、トマト缶の使用をお勧めします。
・豆の水煮缶
豆に関しては、今回はレンズ豆、ひよこ豆、白いんげん豆、そら豆を使ったレシピを紹介しています。
その中で、ひよこ豆、白いんげん豆は、水煮缶を使ったレシピを紹介しています。
理由はただ一つ、手軽だから。これ以外の理由は特にありません。
もちろん現地では缶詰は使わず、乾燥豆を戻して茹でて使用します。余裕のある方は是非乾燥豆から作ってみてください。
ただし、ひよこ豆のコロッケ(タアメイヤ/ファラーフェル)は乾燥豆一択です。
水煮缶を使用すると、油の中で分解します。
以上、言える範囲?での拙著に関するお話でした。